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第34話 あなたを信じる。その覚悟は嵐を呼ぶ

last update Last Updated: 2025-12-23 19:20:18

 その日から、切迫した状況を理由に、清晴堂に常駐することになった。

 割り当てられたのは、企画部フロアの端の空きデスク。

 案内されたのは、島の一番外側。

 壁に向いた細長いデスクが、ぽつんと一つだけ空いている。

(……ここ、ね)

 中核メンバーの島からは距離があり、話し声も、会議の気配も、どれも輪の外で交わされている。

 歓迎ではない。

 拒絶でもない。

 ただ、外部者をそっと端に置くための距離。

 バッグを置き、PCを立ち上げた。

 キーボードの音がやけに大きく響く。

(敵地じゃない。

 でも——味方はひとりもいない)

 席に荷物を置いた瞬間──胸の奥に、言葉にできない嫌な静けさが広がった。

 提出した朝イチのスケジュール表は、昼になっても「確認中」のまま返ってこない。

 その間に回した打ち合わせ依頼は、なぜかどれも「再調整で……」と先延ばしにされた。

 商品部に至っては、担当が目を伏せながら、「今週は難しくて」と、曖昧な言葉で濁してくる。

(……これはおかしい)

 反対ではない。

 拒否でもない。

 なのに、奇妙な遅延だけが積み重なる。

 意図的とも言えない、露骨でもない。

 だが、確実に前へ進ませない力が働いていた。

 企画部の若手が、ひそひそと囁く声も聞こえた。

「……相談役、気にしてるんだって」

「朝倉さんの案件、余計なことしない方が……」

「神園家から支援出してもらえばいいのに、なんで……?」

 耳に覚えのある苗字が混じるたび、胸の奥がじわりと熱を帯びた。

(なるほど。こうやって空気だけで止められるわけね)

 タブレットを閉じ、立ち上がった。

(……時間をかけてる場合じゃない。間に合わなくなる)

 心臓が早くなる。

 こういう微細な足止めは、放置すれば一週間で完全な詰まりに変わる。

(あなた、約束したわよね? 晴紀)

 企画書を抱え、迷いなく社長フロアへ向かった。

***

 ガラス張りの通路の先にある社長室。

 ノックした音が、思った以上に強く響いた。

「失礼します。リュエールの朝倉です」

 晴紀は資料を並べていて、顔を上げた。

 目が合った瞬間、彼がわずかに息を呑んだのがわかった。

「どうした……?」

「動かないのよ。プロジェクトが」

 私は遠慮なく歩み寄り、企画書を机に置いた。

 静かに置くつもりが、気づけば指先の力が強くなっていた。

 ——思っ
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     エントランスの前で、晴紀がふっと立ち止まり、私を見下ろした。「……部屋まで送る」「だめ……それは困る」 きっぱり言ったつもりだったのに、声が頼りなかった。「仕事相手と二人で、部屋の前までなんて……誤解される」 言い切った瞬間、視界がわずかに揺れた。(……まずい。立ってるだけで、ふらつく) 次の瞬間、晴紀の手が私の肩に触れた。 躊躇のない、でも強すぎない支え方。「無理するな。今日は送らせてくれ」「でも……」「誤解より先に、途中で倒れられる方が困る」 その声に、言い返す力が抜けていく。 気づけば、指先まで包まれていた。「……行くぞ」 短い一言。 それだけで、私は頷いてしまった。*** エレベーターの中。 手は離れないまま、言葉もない。 ただ、呼吸の音だけが近い。(……離さないんだ) 嬉しいのに、怖い。 心臓が落ち着く暇をくれない。 扉が開き、夜の廊下が静かに広がる。 一歩進むたび、握られた手の温度が、じわじわと身体に回ってくる。(晴紀が……私の部屋まで来るの、初めてだ) 角を曲がった、その瞬間。 私は思わず足を止めた。 廊下の照明の下。 私の部屋の前に、ひとり、立っている。 紙袋を手に、壁にもたれて。 まるで――待っていたみたいに。 Dだった。 一瞬、時間が止まる。 晴紀の指が、わずかに強く絡んだ。 Dの視線が、ゆっくりこちらに向く。 驚きはない。 ただ、静かに状況を受け止めている顔。「……朱音、おかえり。昨日の打ち合わせ、具合悪そうだったから心配で」 柔らかな声。 けれど、その場を把握している冷静さがある。 私は慌てて口を開いた。「ちょっと、ふらついて……。 晴紀が、たまたま支えてくれて……送ってくれたの」 Dは小さく頷き、視線だけを晴紀へ向けた。「そうなんですね。 朱音を助けてくださって、ありがとうございます。晴紀さん」 丁寧なのに、距離を測る声。 晴紀は、微動だにせず答えた。「当然です。 ――イメージコンサルタントの、天野さんですよね。 今回の企画ではお世話になっています」 名前を確認する言い方。 線を引くみたいで、胸の奥がざわついた。 Dは、ゆっくり微笑む。「ええ、天野です。 夜分にすみません。 ……こんなところでお会いするとは」 こんなとこ

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